初陣

「ということでして、レミエス……は集落にいて欲しいのですが…」
「そうか、ならば遠くから見守ろう」

 

ロントスは昨日のバロアとの話をして、レミエスは面白そうだと微笑む。安全なところにいて欲しいと願うロントスは、どうにか集落にいてもらえないかとお願いをするが、レミエスはことの顛末を鑑賞することを譲らない。

 

「そも私は主神だ、ヒトに悟られることなどない」

 

自信満々なレミエスはなんとも美しく、ロントスは言葉を失う。レミエスはロントスの肩に手を置き、神としての活躍を期待しておるからな、と微笑み、ロントスはあまりの身に余る光栄さにはち切れんばかりに頷き元気の良い返事をし、バロアの元へと向かう。

 

「なんだ、レミエスはこねぇのか?」
「あ、あぁ、この辺りを見て回りたいらしく…」

 

ふぅん、と少し怪訝な顔をするバロアに、まだ神として疑いを向ける部分はあるんだな、とロントスは冷や汗が出る。

 

「準備できたよー」
「おうロジー、すまんな」

 

荷物を背負い、バロアに地図を渡すロジーとロントスは目が合い頭を下げると、ロジーは愛想悪くそっぽを向く。警戒されているのかとロントスは少し戸惑ったが、元々ここのヒトたちは神をよく思っていなかったはずだし…と考えていると、バロアがロジーの頭を小突いた。

 

「おいこら、最近構ってもらえねぇからってロントスにあたんじゃねぇよ!」
「そ、そんなんじゃない!」

 

ぷくーっと頬を膨らませたロジーは、見た目こそ立派に育った青年だが中身はまだ子供なのだろうな、とロントスは微笑ましくて笑みを浮かべる。ロジーは照れ隠し気味に早く行くぞ!と同行するヒトたちの元へと走り出す。

 

「……あの子も戦うんですか?」
「そりゃもう大人だからな」

 

何を言ってんだ?というバロアに、ロントスは少しショックを受けつつ、歩き出すバロアの後を追った。集落を出て1時間弱、目的地に到着する。それぞれにバロアが指示を出し物陰に隠れていく。

 

「僕と出会った時もこんな感じだったんですか?」
「ん?あぁ、あんときゃ誰かが襲われてるって聞いて、どこに向かうか予測したんだ」

 

すごいね、とロントスが言うとそうかぁ?と呆れ顔で返される。

 

「お前さん結構ピンチだった自覚しよろな、あんな明らかに危ないって見た目の土地に、無策で降りてきたって…」
「も、申し訳ない…」

 

確かにそうだが人界に降りてくるポイントがあの場所だしな、とロントスは空を見上げて苦笑いをする。すると、ロジーがバロアの元へやってきて耳打ちをする。それを聞いたバロアが指示を出す。

 

「よっし、お目当ての連中がそろそろくんぞ!やってやるぜ!」

 

物陰に隠れたヒトたちが無言で手をグーにして突き上げる。そしてバロアにロントスは手を引っ張られ、同じ場所に身を潜める。息を殺し、銃火器をもつバロアに、ロントスは少し怖いと感じ、手が無意識に震えた。

 

「なんだ、心配すんなよ。お前さんは治癒することだけ考えてくれ」
「あ、あぁ…」

 

子供をあやすような声でバロアが喋る、ロントスは深呼吸をし、緊張をほぐした。暫くしていると多くのヒトの気配が近付いてくることに気が付く。ガシャガシャと物がぶつかり合う音と、男たちの声が迫り、バロアが唐突に立ち上がる。

 

「よぉよぉ、お前さんたち、この先には何のようでぇ?」
「なんだてめぇ」

 

技らしさが目立つ口調に、男たちはイライラした態度でバロアを睨みつける。銃火器や手榴弾を持っていることを確認したバロアが不敵に笑う。

 

「おいおい、物騒なもの持ってんてねぇ、ここを通りたきゃ死ぬ気でこい!」

 

バロアが言い終わると初めて会った時と同じように指パッチンをする。一斉に物陰から仲間たちが現れ、的確に急所に攻撃を仕掛ける。文字通りドンパチが始まり、前方にいた仲間たちがどんどん負傷していく。ロントスはバロアに頼まれた通り、銃弾を掻い潜りながら治癒をしていく。

 

「手榴弾に気を付けろよ!投げさせんな!」
「前方右斜め、来るよ!」
「術士部隊、壁だ!」

 

榴弾が投げられたらしく、バロアの言葉通りに魔術で壁が張られ爆発の被害を抑える。次から次へと負傷者が出ては治癒をすると前線に復帰していく。ぜぇはぁと忙しなく力を使い、ロントスはその思わぬ激しさに危機感を覚えた。

 

「(ぼ、僕の力ではこれ以上は…!)」

 

力の枯渇が間近に迫った時、男たちが撤退を始めた。それを見たバロアが警戒を怠るなよ!と仲間に喝を入れる。何がきても対処できるように武器を構えるのをやめない姿勢に、暴言を吐き捨てながら男たちが逃げていった。完全に姿が見えなくなって武器を下ろす。

 

「偵察部隊、周囲の安全を確かめてくれ」
「了解!」

 

地に手をつき、ぜぇぜぇと息を切らすロントスにバロアが手を差し伸べる。助かったぜ!と笑うバロアと仲間たちに、ロントスは感じたことのない感情が込み上げてくる。誰かの役に立つことの嬉しさとは、こんなにも暖かいものなのか、と。

 

「やっぱ神さんはすげぇな」
「い、いえ、あと少し交戦が長引いていたら危なかったよ…」

 

そんなことねぇ、あの速さで治癒は人にはできねぇよ、とバロアが言う。そうなのか?とロントスが聞けば、術士部隊のヒトがそうですよ!!と力強く答える。

 

「ロントス!お前さんはオレたちの救いの神だぜ!」
「えぇ、一応神ですが…」

 

そうじゃねぇよ!とバロアが言うと、仲間たちが盛大に笑う。なにかおかしな選択をしただろうかとロントスが不思議がっていると、カシャン、と不穏な音に気が付く。咄嗟に音の方を見てロントスは血の気が引いた。まだ息があった男の1人が、バロアに銃口を向け発砲する寸前だ。間に合うか?!とロントスがバロアを庇うと銃声が鳴り響いた。

 

「ロントス!!」

 

神とはいえ自分は弱い、ヒトの武器でも大怪我を負うだろうと覚悟していたロントスは、全くその痛みを感じず、不思議に思っていると、思いがけない神の声に驚いた。

 

「ロントス!無事か?!」
「じぇ、ジェミル?!」

 

声の方を見ると、強力な結界を張っている幼なじみのジェミルが居た。なぜここにいるのかと問うと、副神に同行を許されたと答えが返ってくる。

 

「ええい、この無礼なヒトが!ロントスになにを…!…力尽きたか」
「また神か…」

 

怒るジェミルにバロアがサングラスをかけ直し、ジェミルを睨む。富の神らしく節々に高そうな装飾がなされている服は、ロントスとデザイン自体は同じだ。少し考える仕草をするが、すぐにロントスの知り合いなのだろうとバロアは勝手に納得する。

 

「ロントス、大丈夫か?怪我はないか?大変だっただろう?」
「じぇ、ジェミル落ち着いてくれ」
「これが落ち着けるか?!」

 

わなわなと震えるジェミルを宥めつつ、ロントスはバロアに怪我はないかと問う。バロアはそんなもんねぇよ、と嬉しそうに笑った。

 

「偵察終わりました、敵部隊、本拠地に向かったのを確認しました、もう大丈夫です」
「おうそうか、なら帰るぜ、神さん、お前さんも歓迎するぜ」

 

何の話なのかわかっていないジェミルは、ヒトに対し怪訝な表情をするが、ロントスに大丈夫だと言われその態度を改める。これにてロントスのはじめての初陣は完全勝利で終わったのであった。

 

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