椋木くんと主人公4・後編

ちゃぷ、という音がして目を開ける。ここどこだ?えーと、風呂…?湯船の中だと気が付いて周りを見ようとして椋木くんと目が合う。

 

「(うぉおおおお)」

 

そうでした、俺は椋木くんに誘拐されたんでしたね!腕を捲って湯船の縁に肘をついて、俺を愛おしそうに見つめている椋木くん。

 

「湯加減、どうですか?」
「え、は、も、問題ないです」

 

あれからそんなに時間は経ってないと思うけど、お風呂の世話をされるとか初めての体験過ぎて混乱する。

 

「(ていうか、めっちゃ見てくる…)」

 

心底嬉しそうな顔をしている椋木くん。そ、そういえば風呂に入ってるから流石に腕の拘束は外れてるな…、なんとかこの後、逃げられないだろうか…?

 

「(いや流石に無謀か…)」

 

チラッと椋木くんを見れば、服は濡れてあちこちに泡が付いている。俺の体を洗ってくれたりしたんだろう、なんで服を着たまま…。

 

「も、もう上がりたいんだけど…」

 

恐る恐るそう言えば椋木くんが「はい」と言って俺を持ち上げる。あぁ、もうびちゃびちゃに濡れてますけど気にした方が…。

 

「じ、自分で拭けるから…!」

 

風邪ひいちゃうよ、とつい心配しているような発言をしてしまう。それでも椋木くんは気にも留めずに俺の体を拭いてドライヤーで髪を乾かしてくれる。

 

「しょ、食事、ありますからね…」
「わ、分かったから早く着替えて…」

 

服これ、と指をさされて手に取れば、どう見てもオーバーサイズの服に、椋木くんのやつだなと理解する。

 

「(今、椋木くんは着替えているけど、この服を着て逃げるのは…、いや待て、俺の荷物…!)」

 

とりあえず大きくてもいいから服を着てこの隙にスマホで連絡を、と思って上を着て下を着ようとしたが、やはりサイズが合わなくてブカブカだ、仕方がないのでぎゅっと縛って固定する。

 

「(音を、立てずに…、えーと、俺の荷物どこだ…?)」

 

そろりそろりと脱衣所を出て家の中を歩き回る。内装的にマンションかな?ウロウロと歩いて、キッチンのある部屋に入って俺は机の上の物を見て、立ち止まる。

 

「(食事って、これか…)」

 

椋木くんの手料理と言ったところか。そう言えば家族はどうしたのだろうか?家族で暮らすには狭い家だと気が付く。

 

「___サマ」
「うわぁ?!」

 

背後から声がして思わず飛び退く。服は着替えたようだが髪の毛はまだ微妙に濡れぺしゃんとしている。

 

「しょ、食事にしましょう」

 

ぐいっと肩を抱かれてそのまま抵抗できずに椅子に座らせられる。そして流れるように腕を椅子に縛り付けられ、ヤバいと焦る。

 

「す、少し、冷めたから、温めますね」

 

そう言って料理をレンジで温め俺の前に差し出す。いや、どうやって食べろと…?と思っていれば椋木くんが箸を持って料理を食べさせようとしてくれる。

 

「(い、いやいや…)」

 

なんでよ。正直ストーカーの手料理、食べるの怖いんですけど…、しかし食べないでいて何をされるか、と思うと口を開けてしまう。

 

「お…お口に、合いました…?」

 

どう?と不安そうな目をしている気がする。最初に会った部屋とは違い、ここはしっかり照明のついた部屋なのだが、やはり顔に影がかかっていて、前髪のせいもあってよく見えない。真横にいれば流石に分かるんだけど…。

 

「……美味しいです」
「!」

 

いやうん、美味しいのよ、料理はな。でもこの食べさせられ方はすごくやだ、なんとかしたいけれど嬉しそうに食べさせてくる椋木くんを前に、何も言えない。

 

「よ、良かった、たくさん、調べましたから」

 

そうだね、尾行してたし色々調べてたよねキミ。楽しくない食事を終えれば拘束を解かれ、また抱きかかえられる。連れて行かれたのは最初に会った部屋だ。暗くて、壁一面に俺と東條くんの写真。

 

「(こっわ…)」

 

改めて見てもやはり恐怖を覚える。ベッドに座らせられるとやはり腕を縛られてしまう。

 

「あ、明日は、___サマの場所、用意しますね」

 

今日はここで寝て、ということか。いやダメダメ、このまま監禁されるなんて絶対にダメだ…!そもそもこの部屋の惨状を見て、改めて実感する。写真の多さ的にも椋木くんは元々は東條くんのストーカーなのだ。

 

「(だからこそ、東條くんと親しい仲の綾人に手を出そうとした、それも悪意を持って…)」

 

このままでは東條くんも今の俺みたいに、誘拐されて監禁なんて事になるやもしれない。又、綾人に対して椋木くんが前のように襲おうとする可能性だってある。

 

「(弟とその友達が危険な目に遭うのを黙って見過ごすわけにはいかない…)」

 

いま椋木くんは機嫌が良さそうだ、変に刺激しないように気を付けながら俺は話しかける。

 

「ね、ねぇ椋木…くん?」
「は、はい…!」

 

名前を呼ばれて嬉しそうに口角を上げる椋木くん。

 

「今日って何日かな?」
「10月の11日」

 

誘拐されたのは10日の夜だったはず。今の時間は?と聞けばすんなりと答えてくれる。

 

「(まだ11日の昼なのか…、一日も経ってない…)」

 

俺はダメ元で椋木くんに話しかける。

 

「俺ね、今日もバイトがあるんだ、行かせてくれるかな?」

 

行きたいんだ、と首を傾げれば椋木くんは真顔になる。くっ、やはり俺を監禁する気か…。

 

「そ、そのバイトの同僚、___サマを誑かそうとする俗物ですから、裁かないと」

 

ぞ、俗物…、すごい言い方だな…。それにしても裁くですか、綾人のことを堕天使って言ったり東條くんをカミサマって言ったりぶっ飛んだ子だ…。

 

「(いや、それを逆手に取って…)」

 

このまま大人しく監禁されるわけにはいかない。家族に危険が及ぶかもしれないのだ、知り合いが同じ目に遭うかもしれないのだ。

 

「あのね、俺のことを心配してくれるのは、嬉しいよ?でも、俺の…役目だからさ」
「……役目?」

 

真剣な顔で俺の言葉を聞く椋木くん。食いついたな、と俺は深刻そうな顔をして訴える。

 

「そう、俺はと、カミサマに頼まれて、堕天した子を浄化して回っているんだ」
「!」

 

言ってて恥ずかしいと思いつつ、それを表面に出さないように気を付ける。それに、と言葉を続け、俺は悲痛な顔をする。

 

「綾人を、救いたいんだ」

 

だから側に居ないと、と言えば椋木くんが動揺する。効いてる、効いてるぞ…!

 

「で、でも俺…」

 

困惑する椋木くんに畳み掛けようと口を開こうとして電話が鳴る。俺のではないな、椋木くんのかな?と思っていれば、心底辛そうな顔をしてのそりとパソコンが置かれている机に向かう。

 

「……はい」

 

今まで聞いたことのない低い声で電話を取り誰かと話している、話していると言うか相槌しか打っていないな。電話は短時間で終わり小さく舌打ちをついて、俺の方にやって来ると愛おしそうに抱きしめてきた。

 

「……今の電話は」

 

聞いてどうする、と思いながら気になってしまい椋木くんに尋ねれば、少し躊躇いがちに答えられる。

 

「父親」

 

家族か、そう言えばこの家、やっぱり家族と暮らすには部屋も少ないし狭い。

 

「えと、どんな話を…?」
「今月のお金、振り込みしたって」

 

ぎゅっと大きい体に包まれて、椋木くんの匂いに抱かれた時の記憶が蘇ってきてドキドキしてしまう。

 

「ふ、振り込み…?一緒に住んでは…」
「ない、そもそもあんな悪魔と家族なわけがない」

 

ムスッとした声でそう言われる。椋木くんがこうなってしまった一端が見えた気がしたが、ここで感情移入をするわけには…。

 

「(てか、高校生を一人暮らしさせてるのか…?どんな親なんだ…)」

 

いや、ダメだ。今はどうにかして監禁されることを回避せねば…。

 

「俺は、カミサマと天使サマが居れば幸せです」

 

そう言って俺に頬擦りをする。大きい体で甘えん坊みたいなことをする椋木くん。髪が乾ききってなくて冷たい。俺を風呂に入れ体を洗ってくれたりした、料理も全部、俺の好きなものばかりだった…。

 

「(この子は…、愛情の示し方がちょっと特殊なんだろう)」

 

一般的な愛情の示し方を知らないのかもしれない、特殊な家庭環境にいて、愛情に飢えているのかもしれない。重い、重いなぁ…。

 

「(あぁ、もう!)」

 

深くため息を吐けば椋木くんが心配そうな顔をする。うん、こんなに顔が近ければ流石によく見える。

 

「椋木くん、俺を家に帰らせて」
「……!ダメ」

 

のし、と俺の体に椋木くんが覆いかぶさってくる。それでも俺は動じることなく話し続ける。

 

「最初に言った通り、俺はちゃんと自衛できてる、それにこのまま綾人と離れていればカミサマが危険なんだよ?」

「!!」

 

俺の言葉に衝撃を受ける椋木くん。指の爪を噛みながら「やはりアイツに、裁きを…」なんてブツブツというので、俺は話を聞いてと言えば、椋木くんが俺を見てくれる。

 

「カミサマも綾人を救いたいんだよ、だから俺たちを信じてほしい」

 

真っ直ぐに椋木くんの目を見て話せば、椋木くんは動揺して俺から目を逸らし離れる。立ち上がって少しウロウロとして、悩んでいるようだ。

 

「でも…俺…」

 

俺のカミサマで天使サマ…、と呟く椋木くんに近付いて寄り添いながら俺はとどめの一言を放つ。

 

「俺はどこにも行かないから」

 

ね?と首を傾げれば椋木くんが顔を赤らめて目を輝かせる。ホント?と言うので約束してくれるなら、と答える。

 

「や、約束…?」

 

どんな約束?と聞いてくるので俺は慎重に言葉を選びながら告げる。

 

「俺を家に帰らせて、ちゃんと戻ってくるから」

 

そう言って縛られている腕を解いてほしいと差し出す。椋木くんは戸惑い困惑しオロオロしている。俺はそれを黙ってじっと見つめていれば、おずおずと俺の拘束を解いてくれた。

 

「ありがとう、俺の荷物も返して」

 

優しい口調になるように気を付けながら椋木くんに微笑めば、ご丁寧に部屋の隅にあった金庫から俺の荷物を取り出してくれた。

 

「(すごいもん部屋にあるな…)」

 

タンスとか棚とか、何が入ってるんだろうと少し不安になる。

 

「知ってる道まで一緒に歩こう」

 

だから道を教えてとお願いすれば無言で頷いてくれた。よし、まだ不安が残るところだが解放してくれそうだ。

 

「あ、あの…やっぱりこれ…」

 

玄関前まで来て椋木くんが俺の鞄に何かを突っ込む。それを確認すれば椋木くんがさらっとそれが何かを教えてくれる。

 

「盗聴器」

 

やっぱ持ってたか、そんな堂々と渡してくんなや。しかし今は解放されることが最優先だ。まだ今なら監禁未遂、既にヤバいことしてた気もするがこれ以上、椋木くんに罪を増やさないためにも何食わぬ顔で家に帰らねばならない。

 

「じゃ、じゃあ行こう」

 

なんとか家を出て、周りを確認する。やはりマンションのようだ、どこのマンションだろうか?周りを見渡しつつ椋木くんに手を握られて、一階へと降りる。俺を尾行していたのだから俺が知ってる道、は理解しているだろう。

 

「___サマ…」
「呼び捨てでいいよ」

 

なんとか知ってる道までやって来て、椋木くんが不安げに名前を呼んだ。やめてくれ、そんな悲しげな顔をされると辛い。

 

「また明日ね」

 

そう言って手を振れば椋木くんも控えめに手を振り、俺の手を離してくれた。ここで走り出してはいけない、椋木くんを刺激しないように気を付けながら歩き、なんなら家に入るまで気を抜かずに玄関を開ける。

 

「(よし、帰ってこれた…!)」

 

いつも通りの声色で「ただいまー」と声を出す。しかしながら盗聴器を持たされているので、家に入っても油断してはならない。リビングに行けば綾人がムスッとした顔で出迎えてくれた。

 

「お前昨日どこ行ってたんだよ」

 

連絡もなしに今まで、と不機嫌な綾人に友達の家で寝てた、と誤魔化せばふん!とそっぽを向かれる。

 

「(とりあえず今は、参考書の確認と、両親と話さないとな)」

 

自室に入り部屋の鍵を閉めて参考になりそうな本を改めて読み込む。そうしていれば両親が買い物して帰って来たので、椋木くんに怪しまれないように盗聴器をポケットにしまい、一階に降りる。

 

「あら、おかえり、どこに行ってたの?」
「友達の家で寝てたってさ」

 

キッチンで買ってきた食品をしまっている母さんに、綾人がムスーっとした声で話す。

 

「実はさー、その友達がさー」

 

聞いてほしいという態度で話し出せば、どうしたの?と父さんと母さんが話を聞いてくれる。

 

「怪我しちゃって大変そうだから、暫くそっちで寝泊まりしようと思って…」
「はぁ??」

 

家には帰ってくる、寝泊まりだけと言えば構わないよと両親に言われる。綾人は不満そうだがダメとは言わなかった。

 

「早く怪我が治るといいな」

 

そうだな、言い訳が通じる間にこの問題をどうにかしなければ…。もう一度、自室に戻り鍵を閉めて参考書を読み込む。基本的にハッピーエンドな世界なのだろう、ならば誰も傷付かない真のハッピーエンドを目指そうじゃないか。

 

「(このまま犯罪者まっしぐらなんてさせないぞ)」

 

既にアウトなんだが、どうにかして助けてあげたい。それ即ち家族を東條くんを守ることに繋がるのだ。

 

「(……)」

 

決して、感情移入はしてないからな。

 

(END)-
綾人「(つーかなんだあのブッカブカの服…マフラーなんてまだ早いだろ、ムカつく、ムカつく…!)」

 

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