椋木くんと主人公7

椋木くんと生活をし始めて一ヶ月が経とうとしている。早いものでもうそんなに経つのかと思いつつ、そろそろ怪我をしてる友人を理由にするのは厳しくなってきた。特に綾人からは疑いの眼差しを向けられている、具体的に言うと…。

 

「……なんかその匂い、学校で嗅いだことあるような…」

 

などと言われたのだ、めちゃくちゃドキッとしたし、そんなこと気にする?と少し引いた。とはいえここはBL漫画の世界、綾人は椋木くんと同じ学校に居るんだし気付くようなイベントがあったのかもしれない。

 

「(そして当の椋木くんは…)」

 

相変わらず盗撮や盗聴をしているし、怪しい呪術?で自分の世界を繰り広げているが、まぁ、当初と比べればマシになってきた気がする。ちょっとずつだが軌道修正しつつある、と思いたい。

 

「(しかし、このままいつまでも椋木くんの家で生活するのは限界なんだよな…)」

 

どうしたものか、俺が居なくなったら逆戻りしそうだし、そもそも手放す気はないだろうし…。

 

「(そもそも高校生で一人暮らししてるなんて心配なんだよなぁ…)」

 

俺と生活をして色々な料理を作ってくれたり、俺が作ったりしているが、俺が居なかった頃は簡単なもので済ませてたらしい。……これは人として心配しているだけ、だと思っていたが。

 

「ただいまです…」
「おかえり、今日も遅かったね」

 

学園祭が近いようでここ最近は遅くに帰ってくる椋木くん。生徒会長である東條くんも大変だと聞いているが、生徒会の一人である椋木くんも相当大変そうだ。

 

「ご飯できてるよ」
「あ、ありがとう、ございます…!」

 

幸せだ、というような花を飛ばしながら嬉しそうに笑う椋木くん。最初こそ顔に濃い影が落ちて怖いと思っていたが、今では雰囲気を掴み、なんとなく表情を察せられるようになって、可愛いな、なんて思うことの方が増えた。

 

「(顔を赤らめちゃって…)」

 

一緒にご飯を食べる時間も当たり前になった。美味しいと言いながら食べる姿についじっと眺めてしまう。

 

「ど、どうかしました…か?」
「い、いや…」

 

美味しく出来てて良かった、と誤魔化して視線を料理に向ける。あんなに感情移入をしてはいけないと思っていたのに、俺はすっかり絆されてしまっている。

 

「(こうして俺と居ることで、歯止めの効かないストーカーを緩めることができてるんだし…)」

 

出来てると思いたいが、あれから綾人に危害を加えようとはしてないみたいだし、東條くんを誘拐しようとも思ってないみたいだ。

 

「(そういや綾人のこと堕天使と呼ばなくなったな)」

 

相変わらず俗物とは呼ぶみたいだが、まぁ椋木くん流の他人の呼び方なんだろう。

 

「……最近、考え事…してます?」
「え?」

 

図星を突かれてドキッとした。変にネガティブな受け取られ方をされてたらどうしようかと思ったが、心配そうに見つめる椋木くんに、俺は思ってたことを口にする。

 

「学校の行事で大変そうで、倒れちゃったりしないか心配だなって…」

 

嘘ではない、実際のところ心配だ。俺の言葉に椋木くんは首を横に振って否定した。

 

「せ、生徒会長、に比べればこれくらい…、心配させてごめんなさい」

 

生徒会長の為に、生徒会長が、生徒会長を、と言う椋木くん。こんなに慕われて東條くんは人望あるな、良いな、なんて考えて俺は心の中で首を振る。

 

「(いやいやいや…)」

 

羨ましいとかなにを考えているんだ。いや認めざるおえない、俺は椋木くんを好きになっている。ストーカーされて誘拐されて自由を制限されて一緒に生活させられているのに、吊り橋効果的な…感じなのか?平静を装いつつ食事を終え、お風呂に入り、当たり前のように椋木くんのベッドに腰掛けた。

 

「(本当に当たり前になっちゃって…)」

 

順応し過ぎだろう、と思いつつ横になれば、椋木くんも今日はすぐ寝るようで横になった。

 

「明日も早いの?」
「は、はい!」

 

そっかー、無理しないように頑張れー、とポンポンと体を叩けば椋木くんは顔を赤らめた。はぁ、なんだかなぁ、なんでこうなっちゃったかなぁ、なんて考えてしまう。

 

「………___、さん」

 

名前を呼ばれて腰を抱かれる。どうしたの?と聞けば逆に聞かれてしまった。

 

「何を、考えているん、ですか?」

 

その言葉には不安が滲んでいる。椋木くんも俺が家族や友達に「怪我をした友達の世話」をしていると伝えているのを知っている。それから一ヶ月も経つし、怪しまれ始めているのも知っているだろう。俺がこの状況から逃げ出そうとか、そんな風に思っているんじゃないかとか、考えてそうだな。

 

「……まぁ、これからのこと」

 

変に誤魔化しても仕方がない、嘘偽りなくそう言えば椋木くんは眉を顰めた。椋木くんの手に力が込められる。

 

「不満が、あるなら改善します、だから…!」

 

絶対に手離さないという意志の椋木くんを落ち着かせるために、背中を優しくポンポンと叩く。

 

「そうじゃなくてね」

 

俺は決心して、言葉にする。

 

「ここでの生活、すっかり慣れたよ。君との生活も、悪くないというか…」

 

しかし、いざ言葉にしようとすれば恥ずかしくてなかなか言葉になってくれない。

 

「一緒にいて、見られる君のいろんな表情とか…その、だから…す、好きだなぁって」

 

なんとも言えない告白になってしまった。しかし椋木くんはキョトンとした顔をする。

 

「……?はい、知ってますよ、俺も、好きです」

 

えぇ…?あまりにもあっさり受け取られて返される言葉に俺は唖然とする。い、いやそうだ、椋木くんはストーカーだし盗撮も盗聴もする。俺のことを天使サマとか呼ぶし、東條くんなんてメシアでカミサマ…。

 

「で、でも椋木くんは東條くんの方が好きでしょ?!」

 

つい焦り気味にそう言えば尚も椋木くんはキョトンとしている。

 

「はい、生徒会長は俺のメシアでカミサマですから」
「あぁうん、だよね」

 

でも、と椋木くんは続ける。

 

「暗いところに居た俺を、カミサマは照らしてくれました。俺にとって生徒会長は世界、なんです、だから見守りたい、お守りしたい」

 

照れ臭そうにそう言ったかと思えば、椋木くんは俺を愛おしそうにじっと見つめ、頭を撫でた。

 

「天使サマは俺を救ってくださいました。あの時のことは、今も忘れられません…」

 

ぎゅうっと抱きしめられて、幸せそうに呟く。

 

「あ、愛してます」

 

うおぉぉぉ、面と向かってそんなこと言われると流石に恥ずかしくて顔が赤くなるわ…!

 

「……れ、恋愛感情的な意味で?」

 

恐る恐る聞けば椋木くんが黙って頷いた。

 

「と、東條くんは…?」
「カミサマは世界なので…、て、天使サマは恋人にしたいです、けど」


それじゃダメですか?なんて聞かれてしまう。きっと椋木くんは東條くんのストーカーを止める日は来ないだろうけれど、え、そう、マジ…?

 

「……恋人にしたい?」
「したいです」

 

そ、そうですか、そんなあっさりと…。抱きしめる力を緩めて、俺の顔を覗き込む椋木くん。

 

「りょ、両思いだと思って、いたんですけど…、違いませんよね?」
「(ネガティブなのかポジティブなのか分かんないな、この子)」

 

あまりにも不安そうな顔をするので、俺は顔を緩めて椋木くんの頬に手を添え顔を近付けて、唇を軽く重ねた。

 

「て、天使サマ…!」
「あはは、よ、よろしくお願いします…」

 

俺の言葉を聞いた椋木くんが嬉しそうに笑い、これでもかと力いっぱいに抱きしめてきて、俺は潰れたカエルのような声をあげてしまった。

 

-

 

「という訳でその友達とルームシェアする事になった」

 

数日後、椋木くんの住んでいるマンションの大家と話し合い、許可を貰えることが出来たので、家族に伝えた。両親は少し寂しいわね、と言って理解してくれたが、綾人は驚きで手が震えている。

 

「……はぁ?!誰だよその友達!!」

 

そして凄まじい勢いで詰め寄ってきた。両親たちはお兄ちゃんっ子だなぁなんてのほほんとしているが、当の綾人は納得がいかないようであれこれ聞いてくる。

 

「ほらほら、お兄ちゃんも大人なんだし、いつかは家を出るものよ」
「で、でもぉ…!!」

 

涙目になって駄々をこねる子供のような綾人に、懐かしいなと思いつつ頭をポンポンと撫でてやる。

 

「もう二度と会えないわけじゃないんだから、ミーコに会いにも来たいし」

 

そう言えば、ふん!と顔を背けて拗ねてしまった。父さんが綾人の背中をさすれば、綾人が小声で「今度、飯奢れよな」と言った。

 

「(綾人なりの許可が下りましたわ)」

 

やれやれ、と思いつつ俺は部屋に戻り、整理整頓をする。一度に運ぶのも大変だし、ちょっとずつ運んでいくか…、車はどうしようかね?などと考えていればスマホが鳴った。

 

「はいはい?あー、椋木くん?うん、ちゃんと伝えたよ。そう、じゃあ待ってるな」

 

今日は土曜なのに学園祭の用事で生徒会は学校に行っている。東條くんもこの間、疲れて倒れそうになってたとか綾人から聞いた。

 

「(今日は何を作ろうかねぇ…)」

 

そんなことを考えながら、少しだけ部屋から荷物を持って家を出た。

 

(END)-
椋木「た、ただいまです…」
主人公「(うわ、ボッロボロだな…、学園祭ってそんな大変なものだったっけ…?)」

 

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